スキャンダラスナイト IN

信じられない日がやってきた。
信じられないから、実感なんてやってこない。
数時間後に自分の目の前に現れる光景を
それを体感する自分の心境を
どんだけ想像したって浮かんでこなかった。
卒業論文に書いた「甲本ヒロト」の文字、
それは「=ロックンロール」だった。
ロックンロールそのものに会える、おおげさだけどそんな気分だった。

その日のパートナーは、ゆかりちゃんだった。
はじめてゆかりちゃんとコンタクトをとったのは、
はっきりは覚えていないけど、たしか1年ぐらい前。
その時に歳はちがえど、卒業の時が一緒だということを知り
「卒業旅行をかねて大阪にライブを見にいこう」なんて言っていた。まさか実現するとは思っていなかった。
博多から、キャリーバックを引きずって1人でやってきたゆかりちゃん。4つ下とは思えない。ゆかりちゃんは音楽の話をすると、幸せそうな顔をする。ゆかりちゃんは興奮すると、「きもい」を連発し、「変態」を「かっこいい」という意味だとまちがえている。
そんなゆかりちゃんに、たいして知りもしないくせに偉そうに大阪案内をしながら、心斎橋からなんばまで歩いた。

なんばハッチにつくと、「なんちゃって峯田くん」と「なんちゃって峯田くんの彼女」がたくさんいて、やっと胸がドキドキしてきた。ライブの正装といわんばかりに、みんなTシャツ姿。峯田くんの変なおかっぱ頭も、ここでは憧れのヘアースタイル。今日、ここに集まったみんなが夢のような対バンに興奮している。

最初にでてきたのは、ゆかりちゃんおすすめの「凛として時雨」。
曲名じゃない。これがバンド名。 ゆかりちゃんにいろいろ教えてもらう。
よかった、ボーカルの高音がくせになる。
はじめて見るバンドはいつも楽しみなんだけど、いい買い物をした気分。今度は曲を知ったうえで見たいと思った。

2番目にでてきたのは、ザ・クロマニヨンズ
時雨で興奮したあたしらはとりあえず上手側から柵前に移動する。うしろのオーバー30と思われるロッカーお姉さんたちが「ヒイーロトオオオ」「マーシイイイイーー」と叫んだ。
あたしの位置からじゃ、マーシーの頭しか見えないぜ。
しかし、始まった。「あたしは音楽を聞きにきたから、見えるとか見えないとか関係ないぜ!」と自分で自分にいってテンションあげて、挑んだけど・・・・・ 前の赤いTシャツ男がはんぱないんだ、これが!あたしの頭で体を支えてるぜ!でも、あたしはこんなこと笑ってすましてやる!心がひろいあたし、最高!最高!と思った時・・

演 奏 中 止

な、にいいいいいいーーー!!!
今からだろうがああああ!終わってどうすんねん、と思いきや
どうやら前のほうで人がつぶれたための中断。
顔に髪の毛をはりつかせた数人の男子や女子が上手から、ロビーへ移動。あたしも赤いTシャツ男から非難。
状況がおちつき、演奏再開、そのときヒロトは言った。


「容赦しないぜ」


ヒロトオオオオオオオ、やはりあなたはロックでした。
曲名しらんけど、さびで「うまくやれる」を連呼している曲がすばらしすぎて、泣けた。
酸素がない。体中の水分が蒸発してる。それでも、音楽があたしに「飛べ」という、あたしに「笑え」という。
見えないヒロトマーシーに向かって、拳を上げたら、「あたしはここにいます」って全身で感じる。
クロマニヨンズの曲はどれも難しいこと言ってない。
しかしどれも日常では実感できていないことばかりで、
体と心が「うれしい」って言ってた。

固いブーツを脱ぎ捨てたらどんなに楽になれるだろうと感じながら、2幕終了。
残りは、あの4人。ここからはもうライブではない。

緊張できりきりしてきた胃を両手でぐっと押さえたら、ステージがライトで照らされ、聞きなれたイントロが聞こえてきた。
3度目の銀杏BOYZ。峯田くんはのっけから、マイクを口にほおばって、歌詞など歌わずメロディーにのせず叫ぶ。少年よ、ナイフをにぎれ、峯田くんが歌わない歌詞はすべて観客が歌う。みんな峯田くん状態。手をあげた拳に見えないナイフを握って、会場にいる全員がそれぞれになにかを切り裂いた。

「俺は酒鬼薔薇聖斗くんと話がしたかった。
アイドルのグラビアを一緒に見たかった。
一緒に音楽をしたかった。
ビートルズのアルバムを全部並べて、一枚目から全部聞いていきたかった。
ずっと俺はこんなことをチン中村とかに聞いてもらいながら、俺はバンドをやってきた。
酒鬼薔薇聖斗くんは一人じゃねえ。たくさんいる。
人を殺すとか、俺には理解できない部分もあるけど、
きっと一緒に話ができたはずなんだ。日本中の酒鬼薔薇聖斗くんに捧げます、日本発狂。」

「さっき、クロマニヨンズのライブ見てさ、日本にロックバンドなんて1つでいいじゃねぇかって思った。」

「こないだ環境問題についての会議に参加しました。二酸化炭素を減らそうとかいう話をしているその会議室が、クーラーでぬっくぬっく。おかしいと思ったね、俺は。
二酸化炭素がどうのこうの喋ってるお偉いあんた、人間は二酸化炭素がないと生きていけません、その前にあんたらは隣に住んでる人の顔を知ってるんですか?俺、まちがったこと言ってるか?となりに住んでる人間の顔もしらねーあんたらが環境について、世界について話す資格があるんかよ」

(ファンが「峯田、しねー」と叫んだのに対し)
「俺にとっちゃ死ねも、好きもかわらねえよ。
 一番こわいのは、見放されることだ。
 だから、死ねっていったあんたにも、感謝する。」

「なにすればいいか、わかんねぇヤツ、バンドやれ」

「なにがたりねぇんだよ。なんでもあるのに、なにがたりねぇんだ。心にぽっかりと穴が空いてるんだろ。なにかがたりねぇんだろ。」

なき声がして、ふとうしろを見たら、ゆかりちゃんだった。「今日のこのライブはゆかりちゃんのためにあるんだよ」、思わずそう言ってやりたくなるほど、綺麗な涙を流してた。あたしと目があうと近づいてきてくれて、あたしはそれが無性にうれしくなって、ゆかりちゃんの身体をひきよせて、肩を組んで、ジャンプした。
今日はじめて一緒にすごしたゆかりちゃん。歳が4つもちがう。それなのに、体をぶつけあって笑いあう仲になっている不思議。
音楽のすばらしさ、これがあるからやめられない。



「僕の中に住んでる悪魔に唄います」

そのMCの後、「光」を歌った。
「君の首をしめていた、君の首をしめていた。
 君はいつかの僕だったんだ。」
体力の限界を超え、しぼりだしたような声でそのフレーズが歌われたとき、鳥肌がたった。視界が悪くて、峯田くんの表情が見れなかったけど、まわりを見渡したら、誰もが目を見開きステージから目を離していなかったから、きっと素晴らしい光景だったのだろう。あたしは去年同じ場所で見た光景をよみがえらせた、あのとき汗でキラキラ輝いていた峯田くんの筋肉や、大きな口をあけてくずれた表情に、「人間の美しさ」を感じたことも思い出した。楽器の音が心臓をかきむしるように乱暴に耳からはいりこみ、その痛みとせつなさで涙がとまらなくなる。


アンコールは「夢で逢えたら」だった。
透明感のあるこの曲が、さっきまでのもみくちゃの会場に風をおくった。
ステージがほとんど見れなかったから、メンバーがステージを去るときになにしてたか、分からなかった。
でも、そんなこと問題じゃない。

あたしは見た。たしかに見た。
目で見えないものを。





このスキャンダラスナイトが
あたしの学生生活最後に見たライブになりました。
一生忘れられません。


ゆかりちゃん、卒業おめでとう。